【早実は七割しか内部進学できない?】はるか昔の高校受験2

(2022年4月19日最終更新)

【早実(普通科)の内部進学率】

僕は高校受験では大学附属しか受験しない、いわゆる附属狙いの受験生でした。

 

都立高校も受験していません。

 

当時、僕のような受験生は結構多く、附属校ブームとか附属校人気などと言われていました。

早稲田大学及び大隈重信像
早稲田大学及び大隈重信像

附属狙いですから、当然早慶附属を始めとして様々な高校を検討するのですが、

 

迷ったのは、早稲田大学系属早稲田実業学校高等部(早実)を受験するかどうかです。

当時、早実には普通科商業科があったのですが、まず僕が検討したのは普通科の方です。

 

 

ただ、当時の早実は内部進学率がほんと厳しくって・・

 

 

 

僕は大学附属というものは八割~九割、高校によっては十割(全員)内部進学できるというイメージだったんですが、

 

その頃の早実(普通科)は、早稲田大学に内部進学できるのは七割

 

しかもなぜか早実は夜間部枠が多く、いわゆる昼間部に内部進学できるのは六割弱でした。

 

(まだ社会科学部が夜間部の時代です。社学と第二文学部が夜間部でした)

 

 

 

一方、早稲田大学高等学院や

 

早稲田大学本庄高等学院は全入

 

つまり100%早稲田大学に内部進学できます。

 

そして夜間部枠はゼロ。

 

全員、早稲田大学の昼間部に内部進学できるのです!

 

 

 

ちなみに慶応系ですが、

 

慶応義塾高校も

 

慶応義塾志木高校も

 

慶応義塾女子高校も慶応義塾大学に全入です。

 

もちろん、慶応義塾大学に夜間部はありません。

 

 

 

確かに当時、偏差値的に早実は上記早慶附属五校より入りやすかったのですが、

 

それでもあまりの内部進学率の違いに、僕は塾の先生に聞いた覚えがあります。

 

 

 

ところが、先生は不思議そうな顔で

 

「いやいや、七割行けるようになったんだよ」

 

と言われたんですね。

 

なんでも昔の早実は、夜間部も含めて五割しか早稲田大学に内部進学できない高校だったそうです。

 

また

 

「そもそも『実業』とは『仕事』という意味で、元々早実は、高校を卒業したら就職する人のための学校だった」

 

(商業科があるのは、その名残り)

 

とか

 

「それが早稲田大学の系属(早実は附属ではなくて系属)になり、そして系属とは思えないほど勉強させることによって大学側からの評価を高め、今の七割にまでなった」

 

とか

 

「将来的には八割になるんじゃないのかな」

 

とか

 

色々教えてくれました。

 

 

 

そして

 

「早実は、本当に冗談抜きで系属とは思えないほど勉強させるよ」

 

とか

 

「入学後、のんびりしたいのなら早実は推奨しないよ」

 

とも言われました。

 

 

 

もちろん僕は「入学後、のんびりしたい人」です(笑)

 

それに冷静に考えたのですが、早実に受かったとしても、そもそも自分は昼間部枠の上位六割弱に入れるのか・・?

 

というか、正直言って夜間部を含めた上位七割に入れるかどうかも分かりません。

 

 

 

塾の先生のお考えでは、僕は「たぶん早実(普)には受かるだろう」(早実が偏差値的に入りやすかった時代です)

 

しかし残念ながら「たぶん上位六割弱には入れないだろう」

 

とのことでした。

 

(前者についてはともかく、後者に関しては正しい感じがしました)

 

 

また塾の卒業生に【早実(普)に行ったものの、夜間部にすら内部進学出来なかった方】が複数名いるという話も聞きました。

 

みなさん入学後の三年間、かなり勉強を頑張った方だったそうです。

 

 

 

これは本当に考えさせられました。

 

 

 

系属とは思えないほど勉強させられて内部進学できなかったら悲劇です。

 

本当に悲劇です。

 

 

 

色々迷ったのですが(ほんと、迷いました)、

 

結局僕は出願直前になって、早実(普)を受験しないことにします。

ちなみにこの時、塾の先生に中大附を紹介されたんですね。

 

早実(普)と入試日が同じ、というだけの理由です(笑)

 

「早実(普)を受けないんなら、この日(の受験校)は中大附かなあ」って(笑)

 

「ここならのんびりできるよ」とも(笑)

 

この時は、まさか自分がその中大附に入学するなんて、夢にも思ってませんでした(笑)

【早実(商業科)の内部進学率】

なお、早実(商業科)はもっと内部進学率が厳しく、検討はしたものの、すぐに断念しました。

 

偏差値的には本当に入りやすかったのですが、なにしろ内部進学できるのは七割弱

 

そして本当に夜間部枠が多く、昼間部に内部進学できるのは四割!でした。

 

 

 

 

 

もちろん今の早実に商業科はありません。

 

また現在、早稲田大学に夜間部はありません。

 

そして今、早実の内部進学率は97%~98%(ほぼ全入!)です。

 

塾の先生の「将来的には八割になるんじゃないのかな」の予想はハズレました。

あと、今になって思うのですが、先生の

「元々早実は、高校を卒業したら就職する人のための学校だった」

は、やや話を盛っているような気が・・

【早稲田高校】

それと早稲田高校もまだ高校募集をしていた時代ですが、こちらは最初から受験を検討していません。

 

当時から早稲田高校は系属ではなく進学校というイメージでした。

 

ただ、今のように大量の東大合格者は出ていなくて、確か毎年1名~2名だった気がします。

※主宰者欄【当塾についてページ内】にも書きましたが、

僕は結局、早慶に関しては【系属】は受けず、【附属】のみを受験して全滅しました😢

1984年度【早実】学部別内部進学者数

2021年10月29日追記

もう少し具体的な数字を追加しようと思いまして、当時の資料を探したのですが、

どうやらほとんどを処分してしまったらしく、1984年度のものしか出てきませんでした。

 

(通っていた塾から、6~7年分の学部別内部進学者数一覧表をいただいた記憶があるのですが・・)

 

一年分だけですが、参考までに記載しておきます。

早実(普)

1984年度・学部別内部進学者数【一学年 約350名】

政経 法学 商学 教育 一文 二文 社学 理工
23 29 24 69 21 5 45 31

早実(商)

1984年度・学部別内部進学者数【一学年 約100名】

政経 法学 商学 教育 一文 二文 社学 理工
2 1 6 28 4 10 15 1

早実の商業科昼間部四割と言っても、上記表にあるように

 

いわゆる看板学部政治経済学部・法学部・理工学部】の枠が極端に小さく

 

政治経済学部に行けるのは2名のみ!

 

法学部と理工学部は各1名!

 

(もちろん理工学部が、基幹理工学部・創造理工学部・先進理工学部の三つに分かれる前の時代です)

 

 

 

単純計算ですが、

 

学年上位4%に入らないと早稲田大学の看板学部には行けないということになります。

 

当時も実感したのですが、ほんと、これは厳しいです。

ちなみに早稲田大学高等学院は当時(今も)、二人に一人以上が看板学部【政経・法・理工】に行けるので、

 

より一層、早実(商業科)の厳しさが目立ってました。

1984年度【早稲田高校】学部別内部進学者数

2021年11月9日追記

実家の押入れから早稲田高校の1984年度・学部別内部進学者数一覧表も出てきました。

 

参考までに記載しておきます。

早稲田高校

1984年度・学部別内部進学者数【一学年 約350名】

政経 法学 商学 教育 一文 二文 社学 理工
9 15 6 2 6 0 1 16

「何かの間違いじゃないのかな?」と思ってしまうくらい推薦枠が厳しい・・

 

ちなみに表の余白に「枠は90以上あるけど、昼は7.5ないと推薦してもらえない」ってメモがあります。

 

手書きのメモです。

 

全く記憶にないのですが、僕の字です。

 

 

 

たぶんこれって、塾から一覧表をいただいた時に

 

「早稲田高校の場合、早稲田大学への内部進学推薦枠は90名以上あるけど、昼間部は評定平均が7.5以上ないと高校から推薦してもらえないんだよ」

 

的なことを言われて、メモしたんだと思います。

1984年度【早稲田大学高等学院】学部別内部進学者数

2021年11月20日追記

早稲田大学高等学院の1984年度・学部別内部進学者数一覧表も出てきました。

 

参考までに記載しておきます。

早稲田大学高等学院

1984年度・学部別内部進学者数

政経 法学 商学 教育 一文 二文 社学 理工
110 130 59 6 24 0 0 231

表のどこにも【一学年の人数】が記載されていなかったのですが、これは、早稲田大学高等学院は全入なので(内部進学率を考える必要がなく)書いていなかったのだと思います。

1984年度の話です。【まだ早稲田大学に人間科学部もスポーツ科学部も国際教養学部も文化構想学部もない時代です】

1984年度【慶応・慶応志木・慶応女子】学部別内部進学者数

2021年12月7日追記

早大系に続き、慶応系【慶応義塾高校・慶応義塾志木高校・慶応義塾女子高校】の1984年度・学部別内部進学者数一覧表も出てきました。

 

参考までに記載しておきます。

早稲田大学高等学院と同様に、表のどこにも【一学年の人数】が記載されていなかったのですが、これは、慶応系は全入なので(内部進学率を考える必要がなく)書いていなかったのだと思います。

慶応義塾高校

1984年度・学部別内部進学者数

25 300 270 51 28 39

慶応義塾志木高校

1984年度・学部別内部進学者数

4 106 92 17 7 29

慶応義塾女子高校

1984年度・学部別内部進学者数

65 45 61 2 4 10

1982年度【早稲田高校】学部別内部進学者数

進学ガイド 昭和57年4月1日発行号(東京ニュース通信社)
進学ガイド 昭和57年4月1日号

2022年4月19日追記

実家の押入れから教育系の雑誌が出てきました。

【進学ガイド 昭和57年4月1日発行号】(東京ニュース通信社)

という季刊誌です。

 

同誌の79ページに、1982年度の早稲田高校の学部別内部進学者数が載っています。

(1982年度ですので、上記1984年度の2年前の進学者となります)

 

こちらの場合、定員数と実際の推薦者数の二つが掲載されています。

 

記事は箇条書きなので、一覧表にしてみました。

早稲田高校

1982年度・学部別内部進学者数

  政経 法学 商学 教育 一文 二文 社学 理工
定員 10 15 10 20 10 5 5 19
推薦 10 15 8 2 8 2 3 16

ほんと、推薦枠が厳しい・・

 

さらに記事内には早稲田中学・早稲田高校の校長先生の

 

「成績基準を設けて、そこに達しない場合は定数枠以内で切ることもあります。志望者の中で基準に達した者だけを推薦することになります」

 

とか

 

「極端な場合、例えば今年、教育学部は20名の枠がありますが、実際に行くのは2名です。これは、教育学部の志望者は少ないのですが、少ない中でも基準に達しているのは2名しかいなかったということです」

 

などの厳しいコメントも記載されています。

 

 

 

【一学年の人数】は恐らく【約350名】だと思うのですが、記事のどこにも【一学年の人数】は載ってませんでした。


附属校ブーム(附属校人気)

なお当時、附属校ブーム(附属校人気)になっていた理由なのですが・・

 

 

 

当時は、自分と同学年の人が全国に180万人いる時代です。

 

そして大学受験ではその180万人に加え、

 

自分より一歳上の人が「浪人」として20万人~25万人くらい「降ってくる」ことが予想されいました。

 

 

 

もう、大激戦時代です。

 

 

 

また、今は800校弱ある四年制大学も、

 

当時は500校しかありません。

 

 

 

激戦が予想される大学受験を避け、

 

「中学や高校から大学附属に入っちゃおう」

 

と考える人が増えるのも自然な流れだったと思います。

 

(僕もそのうちの一人でした)

ちなみに昨年(2020年)に生まれた人は84万人とのこと。

 

ついつい「うらやましい」と思っちゃうんですけど、少子化は深刻です。

参考ブログ【今の早実生】


系属とは思えないほど勉強させる【伝統】は相変わらずです。







関連ブログ(主宰者の個人的なこと)


【早実は七割しか内部進学できない?】はるか昔の高校受験2(←今お読みのブログ)













日大二で思い出したのですが・・

 

(2021年11月追記あり)